東京五輪まで半年、コロナ禍で選手の心支える 国立スポーツ科学センター心理グループ研究員・立谷さん
東京五輪開幕まで二十三日で半年に迫る中、国立スポーツ科学センター(JISS)心理グループ先任研究員の立谷泰久さん(50)=福島県相馬市出身=は五輪を目指す選手らの心のサポートを続ける。新型コロナウイルス感染拡大で一年延期された上、今夏の開催にも懐疑的な見方が広がる状況で揺れ動く気持ちに寄り添う。「最高のパフォーマンスを支えたい」。国内外のアスリートが躍動する「復興五輪」の開催を強く願う。
立谷さんはJISSのコンディショニング課心理グループに所属し、選手個人やチーム単位の心理面の支援を担う。五輪延期を受けて個別相談の件数は増加傾向にあり、二〇一九年度が延べ八百件程度だったのに対し、二〇二〇(令和二)年度は年間千件を超えるペースで受理している。
自国開催の五輪を自らの競技人生の集大成に位置付ける選手は多い。特にベテランは目標が一年先延ばしになったことで、さまざまな悩みを抱える。立谷さんの元には「モチベーションの維持が難しい」「若い頃より回復力が落ちている中、競技力のピークを本番に合わせられるか不安」などと切実な声が寄せられる。
さらに開催を危ぶむような報道や世間の声が追い打ちを掛ける。多くのアスリートは「本当に開催できるのか」という懸念を抱えながらの練習を迫られている。
立谷さんは開催を前提に、今できる準備を着実にこなすよう促す。目の前の目標を一つ一つ達成していくことで不安が和らぎ、平常心を取り戻せると考える。選手を取り巻く環境は一人ずつ全く異なる。相談の際は各選手の話にしっかりと耳を傾け、個々の状況に応じて丁寧に言葉を選ぶ。
自国開催というプレッシャーも大きい。立谷さんのグループは、国内で過去三回開かれた五輪の出場者を対象に聞き取り調査を行った。好成績を残した選手の多くは、自分が励んできた練習を振り返ると心が落ち着き、自然体で試合に臨めていた。立谷さんは、自らの歩みを肯定し、自信を持つよう選手に伝える。
前回の東京五輪男子マラソンで銅メダルを獲得した須賀川市出身の円谷幸吉も、四年後のメキシコ五輪での金メダルを期待されて苦しんだ。「重圧を打破できず予選で敗れて出場を逃したり、五輪で結果を出せなかったりした選手への心のケアも大切」と強調する。
東日本大震災の津波で、兄が相馬市で経営する会社の事務所が被害を受けた。被災地の出身者として、震災から十年の年に迎える五輪・パラリンピックには特に大きな意義を感じる。「選手の活躍や盛り上がりが、きっと被災者を元気にしてくれる」。選手と近い立場にいるからこそ、五輪やスポーツの力を強く信じている。
□たちや・やすひさ
相馬高から日体大に進み、スポーツ心理学の研究に入る。日体大大学院体育学研究科修士課程、東京工業大大学院社会理工学研究科人間行動システム博士課程修了。2001(平成13)年から国立スポーツ科学センター(JISS)の研究員を務める。これまで多くの五輪に携わり、2014年の冬季ソチ大会ではジャンプ日本代表に帯同、団体の銅メダルと葛西紀明選手(土屋ホーム)の個人ラージヒル銀メダルを精神面で支えた。現在はハンドボール男子日本代表のメンタルコーチ。日本スポーツ心理学会認定スポーツメンタルトレーニング上級指導士。
※国立スポーツ科学センター(JISS)
国際競技力向上に向けたスポーツ医・科学の中枢機関として2001(平成13)年10月、東京都北区に開所された。日本スポーツ振興センター(JSC)の組織下にあり、味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)、味の素フィールド西が丘と共にハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)を構成する。日本オリンピック委員会(JOC)や各競技団体と連携し、各専門領域の調査・研究、選手・指導者らの支援を行う。