「いわき語り部の会」会員の証言集作成 震災の経験後世に
東日本大震災と東京電力福島第一原発事故発生から十年が経過したのを機に、いわき市の「いわき語り部の会」は会員の証言を一冊の本にまとめた。語り部のなり手不足や高齢化が懸念される中、津波にのみ込まれた経験を持つ同会最年少の小野陽洋(あきひろ)さん(30)=いわき市=は「今後の災害に備えるため、僕たちの『負の経験』を形として残していかなければ」と話す。
小野さんはいわき市平豊間の海沿いにある自宅で祖母と被災した。津波警報が出ていたが、祖母の体が悪く、「そんなに大きな津波は来ないだろう」と思い自宅にとどまった。
記録用に二階のベランダからデジカメで海を撮影していると、津波が怒濤(どとう)のように押し寄せた。「越える! 越える!」。残った動画には小野さんの切迫した声と、ベランダを越えて室内になだれ込む濁流が生々しく記録されている。
首から下まで海水に漬かりながら右腕で祖母を支え、津波が引くまで耐えた。右腕にストラップで巻き付けていたカメラは壊れたが、動画は記録媒体に残っていた。
同地区では津波で亡くなった人もおり、小野さんは避難せずに助かったことに負い目を感じていた。ただ、令和元年東日本台風(台風19号)では逃げ遅れによる死者が多数出たのを知った。「自分が避難しなかったという『負の経験』が、他人の命を助けるきっかけになれば」
今は撮影した動画などを活用し、語り部として避難の大切さを説く。小野さんは「今後も災害は起きる。教訓を口で伝えるだけでなく、本や映像などを活用して後世に伝えたい」と話した。
「いわき語り部の会」は震災と原発事故の経験を語り継ぐために二〇一二(平成二十四)年に発足し、二〇一九年までに行った講話の聴講者数は六万人を超える。証言集では、市内八地区の会員十三人が当時経験した津波や避難生活の状況などがつづられている。三千部作成し、いわき震災伝承みらい館などで配布している。