【あなたを忘れない】憧れの「海の男」 祖父の遺志継ぎ漁師に 福島県南相馬市

 

直さんの思いを受け継ぎ、仕事に励む文也さん(左)と文弘さん

 

2023/06/11 10:13

 

 福島県南相馬市鹿島区の漁師遠藤直(ただし)さん=当時(70)=は、東日本大震災の津波に巻き込まれて死亡した。1日のほとんどを船の上や港で過ごすほど、海をこよなく愛し、仕事に誇りを持っていた。体力が続く限り続けるつもりだったが、そんな思いは無念にも絶たれた。「祖父の分もおいしい魚を捕る」。孫の文也さん(28)ら遺族が意思を受け継ぐ。新築した直さんの漁船が今日も、漁場に向かって走って行く。

 南相馬市鹿島区の真野川漁港近くで生まれ育った。漁業を営む父の影響で中学卒業後、いわき市の小名浜港を拠点にした遠洋漁船に乗船。数年間にわたり修業し、家業を継ぐため20代で古里に戻った。刺し網でヒラメやカレイを巧みに捕らえる腕前は評判となり、漁船「㋑明神丸」の名は周辺の港町に届いたという。

 1965(昭和40)年ごろに同郷の共子さんと結婚し、娘2人を授かった。無口だったが、水揚げしたばかりの鮮魚を料理し、知人に振る舞う社交的な一面も。漁師仲間には「ただしじぃ」と親しまれた。

 のどかな生活は東日本大震災で一変した。自宅にいた直さんは長女の直子さんに「先に逃げろ」と言い放ち、船と漁具を守るため、真野川漁港に向かった。これが家族が直さんを見た最後になった。1カ月後、海から3キロほど離れた国道6号付近で遺体が見つかった。

 直子さん(55)は「無理やりにでも避難させれば良かった」と悔やむ。夫の文弘さん(57)が婿入りし、家業を継いだことをひそかに喜んだ姿が忘れられない。「震災がなければ、今でも夫と2人で船に乗っていたはず」と思いをはせる。

 直さんの漁業へのひた向きさは、直子さんの三男・文也さんに引き継がれた。直さんが時折見せた真剣なまなざしが子ども心にまぶしく映り、海の男への憧れが募った。

 ただ、震災によって家業の漁業は一時、途絶え、高校卒業後に介護の専門学校に進学した。父の文弘さんから明神丸再建の相談を受け、2015(平成27)年に祖父や父と同じ道を歩み始めた。

 漁師となって8年が経過し、腕を磨く日々を送っている。経験を積むたび、祖父の偉大さを身にしみて感じる。「まだまだじいちゃんみたいにできる気はしないが、いつか追いついてみせる」。天国の祖父に誓っている。

 

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