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川内村で蕎麦をぶつ 「蕎麦酒房 天山」店主・井出健人さんの思いに触れる
川内村の冬は寒い。海沿いの街に比べると7、8度違うこともある。同じ浜通りでもこれほど違うかというほどだ。取材に向かったこの日は、真っ青な空が見える快晴。道路の端には雪が所々残っている。正午を過ぎた時間に到着したが、氷点下を超えるくらいの気温だろうか。やはり海沿いから来ると肌寒い。それでも乾いた寒風が心地よい。
「蕎麦酒房 天山」の店構えがまた気持ちを落ち着かせてくれる。
囲炉裏には炭火が静かだが、しっかりと炎をたぎらせる。
自在かぎで支えられたどデカい鉄瓶からは絶え間なく白煙が昇る。
窓から見える空が爽快だ。
お昼はこちらを頂く。
海老天そば
同席のスタッフは、
鴨せいろそば天ぷら付き。
改めて見ると、ホント映える。
そして、美味しく頂く至福の時間。
食事のあとお時間をいただき、蕎麦酒房 天山の店主・井出健人(たけと)さんの話をうかがった。
できるだけ地場のものを食べて欲しい!
肉厚な椎茸、プリプリのキクラゲは、地元・川内村の遠藤きのこ園のもの。東京のレストランが、わざわざ取り寄せるほどの商品だ。
天ぷらの野菜もなるべく旬のものを使って調理されている。
蕎麦ぶち(蕎麦打ち)も豪快だ。別の機会に拝見したが、健人さんのぶっとい腕の上半身と日々のランニングで鍛えられた下半身とで豪快にそばをこね、伸ばしていく。そば打ちの台がガタガタと揺れるほど。聞けば、会津坂下町で修行をされていた。会津藩初代藩主の保科正之が信州から来た際に、長野の戸隠蕎麦の方を連れてきて広まったという。福島の阿武隈山系の蕎麦ぶちのスタイルとはまた違う。
川内村の水がまたいいという。蕎麦は水でずいぶん変わる。四季や天気によって水の量も微妙に変えている。手触りから水を調整するその姿は、そばと対話しているかのようだ。
さらに、蕎麦の透明感!そして食感!この辺りでは珍しい。
蕎麦の挽き方に秘密があるという。金臼(かなうす)で挽いた白っぽい蕎麦と、通常の石臼で挽いた黒っぽい蕎麦とをブレンドしている。すると、透明感と歯ごたえのある蕎麦になるという。
朝も早い。冬の寒い時期には、炭に火を入れてから、蕎麦豆腐をつくる。蕎麦粉、葛粉、片栗粉と氷や冷たい水を触っての作業に身が引き締まる。一方夏の繁忙期には、それから蕎麦をぶつ。4キロの蕎麦を3回に分けて伸ばし、最後に合わせて切る。これで終わらずもう4キロ。蕎麦ぶちだけで3時間かかるという。
さらに、合間を見て、つゆ作り。厚みのある鰹と鯖の厚削りを2時間かけて煮詰めていく。独特の濃いめのつゆができあがる。実に2日以上かかるのだという。ざるそば等の冷やし用のつゆ以外にも鴨せいろ等の温そばは鴨と鰹だしで、冷やしに比べて薄味の仕上がり。つゆも2種類別々につくり、継ぎ足ししていく。
そばの旨みを楽しむなら、天ざるそばはじめ冷たいそばがオススメだという。肉厚の椎茸と旬の野菜も天ぷらで味わうことができる。夜の営業は現在コロナの状況を見ての予約制だが、地元産品をどんどん使いたいと心を砕く。川内村名物のいわなだけでなく、村で作り始めたイチゴや今後量産化されるかわうちワインも使いたい。店の名前も「蕎麦酒房 天山」だから、是非酒席で、健人さんと酒を飲みながら話をしてみてほしい。お隣・小松屋旅館に泊まれば良いのだから。(どちらも要予約)
あの震災を経て
健人さんは、東日本大震災後、三年ほど関東で全く別の仕事をしていた。各種資格も取った。それでも蕎麦を打ちたいという思いもあり、周囲の方々に話したところ、関東の地の利あるところを様々に探してくれた。しかし関東では、速さや効率を求められ、今まで川内村でこだわってきた、地産地消や時間をかけた蕎麦ぶちができなくなってしまう!悩んだ末に川内村の古民家を移築し、2007年にオープンした天山に戻ることを決める。
分かっていたこととはいえ、2013年の再開当初はお客様が少なくて悔しい思いもした。今またコロナでお客様の「美味しかった」の声が聞けないのが悔しい。それでも普段できない店のメンテナンス等を続けながら、できることを精一杯続けている。
川内村を一日いられる観光地にしたい思いもある。例えば、いわなの郷にある水車には、石臼がついていて蕎麦も挽ける装置がある。それを再開して蕎麦挽きしたい。また、そば粉に等級をつけて、質の良いものとそうでないものがまぜこぜになってしまうことがないように仕入れて、蕎麦の里としてもアピールしたい……。
一方で、改めてこれからの抱負をお聞きすると、
「必要とされるお店に」
「テングにならずに」
「来て良かったと言われるように」
人一倍自分を律する言葉が並ぶ。蕎麦ぶちの話では、
「なかなか自分が納得できる蕎麦はぶてない」
「まだまだ修行中」
と、お聞きしていて驚くほどだ。
最近はSNSをなるべく見ないようにしているという。お店の宣伝にはなるが、自分の思いがブレてしまうからだ。
自分を信じてやりたい。
静かだが、燃立つ心意気がそこにはあった。お店の囲炉裏にくべられたあの炭火のように。
この日の空はいつもにも増して青かった。
(井出健人さんと筆者)
文 関孝男、写真・編集 山根麻衣子
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「蕎麦酒房 天山」
営業時間 11:30~14:00(水曜定休)※夜は予約のみ、16:00~18:00
住所 福島県双葉郡川内村大字上川内字町分211
電話 0240-38-3426
ホームページ http://komatsuya-tenzan.jp/tenzan_guide.html
インスタグラム https://www.instagram.com/tenzan.3/