浜さ恋 編集部一覧
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武士甲冑・足軽甲冑の着付け体験を野馬追通り銘醸館で実施しています。一千年以上の伝統を持つ「相馬野馬追」の里で、その歴史に触れることができます。
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震災の犠牲者を追悼し残されたご遺族の心のよりどころとし、東日本大震災の津波により被災した尾浜・原釜地区、磯部地区の震災前の風景を後世に伝え、来訪者の交流の場とすることを目的に建設されたもので、震災前の風景や地域の催しの…
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相馬妙見歓喜寺(真言宗豊山派)に祀られる、相馬妙見とは相馬家が信仰した「仏様」です。相馬妙見菩薩は、廃仏毀釈により明治3年、歓喜寺本堂に移りました。また、歓喜寺の敷地内には東日本大震災によって亡くなられたかたの遺骨を納…
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地元の仏師荒嘉明氏が、諸国遊歴の後、生涯一仏一体を残そうと岩山を切開き建立したのが百尺観音です。
荒嘉明氏は、30余年の年月を費やし一人で彫り続けましたが、完成を見ないまま他界しました。現在、四代目の陽之輔氏が父祖の志…
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相馬市原釜、津神社は
”日本三代実録”に記述された貞観津波、また慶長津波の際も
津波が神社すぐ近くまで迫りながらも被害を免れた伝承があり
今回の東日本大震災にも、津神社へ避難されたたくさんの方が無事でした。春には例大祭…
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奥相志によると、神護景三年(769)信濃の諏訪より宇多郡尾浜村一二ケ所に勧請しましたが、天文七年(1538)四月一九日に黒木に遷座しました。黒木諏訪神社の棟札には、天文7年(1583)~嘉永五年(1852)12月18日…
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鹿嶋神社は常陸國鹿島大神宮の御分霊社にして、坂上田村麿呂蝦夷征討の折延暦20年(801)國土安泰と勝利を祈願し、東北開発賊徒平定に当たらしめ鎮撫の神として、現在地にこられたと伝えられています。参道には、柚子の木がたくさ…
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小泉八坂神社は元禄四年(1691)第五代藩主相馬昌胤公が、中村城の艮(うしとら・東北)の鬼門を護り、悪魔を祓う「牛頭天皇社」(ごずてんのう)としてお祀りしました。明治初代に八坂神社と改めましたが、今でも親しみを込めて …
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涼ヶ岡八幡神社は、八幡宮として建武年間(1334-1336)に創立され、元禄8年(1695)に相馬家21代相馬中村藩5代藩主相馬昌胤(まさたね)公によって現在の社殿および境内が整備されました。
八幡神は、大分宇佐にお…
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明治12年 相馬氏の始祖『師常(もろつね)』公を御祭神とし、中村城(馬陵城)本丸跡に創建されました。
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