双葉町で事業再開 勝山広幸さん 古里復興へ強い思い

 昨年三月四日に東京電力福島第一原発事故に伴う避難指示が解除された双葉町中野地区で、いち早く町で事業を再開した建設業「勝山工業」の勝山広幸社長(52)は「大変なことも多いが、町でやることに意味がある」と古里復興への思いを強くする。 

 十年前のあの日、町役場から見た町の姿は今も忘れることができない。一面のがれきの山と火災による黒煙を目にし「生きた心地がしなかった」という。避難路の確保や要救助者捜索に向かおうと夜明けを待ったが、原発事故で避難を余儀なくされ、かなわなかった。 

 埼玉県で避難生活を送りながら、町のがれき撤去や遺体捜索に従事した。二〇一五(平成二十七)年には、いわき市に事務所を構え毎日のように町に通った。町の一部地域の先行解除の方針が示されると、迷いなく町へ戻ることを決め昨年三月に事務所を開所した。現在は家屋の解体や除染、インフラの整備などに汗を流す。地元の建設会社として中間貯蔵施設にも携わりたいと考えている。今年二月末には、いわき事務所を閉じ、拠点を町に一本化した。 

 復興に取り組む中で課題も感じている。家屋の解体は進んでいるが、町役場庁舎や病院、学校などの公共施設は手付かずのままだ。既存施設の今後の在り方を示さなければ、新たな町づくりの妨げになると考える。中間貯蔵施設の存在も住民帰還の重い足かせになると感じている。「施設や原発の廃炉について多くの情報を発信し、安心を訴えるべき」と語る。地震と津波、原発事故の複合災害を経験した町として、研究拠点を兼ねた町づくりも必要だと将来を見据える。

  約五十人いる従業員の大半は遠方から通勤している。今後、双葉町に社宅を構え、家族にも住んでもらいたいと思い描く。今月、大学を卒業した長女の麻子さんが事務所を手伝ってくれることになった。「双葉町で、また家族と同じ時を過ごすことができる」。震災前の当たり前の光景が、また一つ町に戻る。 

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