【官製風評 処理水海洋放出】福島ブランドに逆風 販路縮小価格下落…
東京電力福島第一原発で増え続ける放射性物質トリチウムを含んだ処理水の海洋放出方針決定に対し、県内の農家は新たな風評の上乗せによる価格下落や買い控えを危惧する。原発事故による風評に苦しめられ、十年をかけて「福島産」への信頼と評価を高めてきた。「海洋放出されれば、血のにじむ思いで築いてきた県産ブランドが崩壊しかねない」と危機感をあらわにする。
■悪夢の日々よぎる 福島 果樹園営む橘内さん
福島市飯坂町で果樹園きつないを営む橘内義知さん(43)は十九日、畑でリンゴの摘花作業をした。「『福島産の物は食べない』と考える人が増えてしまわないか…」。十年前に始まった悪夢のような日々が脳裏をよぎる。
「フルーツ王国福島」を象徴するモモ、リンゴ、サクランボを栽培している。直売や地方発送を手掛け、県内外に多くのリピーターがいる。
大学卒業後、横浜市の市場に十年間勤め、家業の果樹農家を継ぐために二〇一〇(平成二十二)年四月に帰郷した。翌年に発生した原発事故により、県外からの贈答用の注文が激減した。売り上げは一時、例年の約半分にまで落ち込んだ。県産品の信頼を回復させ、消費拡大につなげようと十年間、手塩にかけて育てた果物の「おいしさ」と「安全性」を地道に発信し続けてきた。
風評は今も続いている。県産モモの一キロ当たりの価格は全国平均に比べて約百円安い。「安全なのは当たり前。その上で『おいしさ』をしっかりと発信し、福島産のブランド力を高めたい」と決意する。
ただ、処理水が海洋放出されれば、さらなる風評が生じ、価格の下落を招きかねない。国は風評対策を進めるとしているが、「本当に国内外の理解が醸成されるのだろうか」との疑念が拭えない。
■「農業者にも説明を」 いわきナメコ栽培の加茂さん
「十年間必死に取り組んできた風評対策が無駄になってしまう」。いわき市山玉町で約半世紀にわたり、ナメコを栽培する加茂農産社長の加茂直雅さん(42)は政府の一方的な方針決定に怒りを隠さない。
県内外の大型スーパーや飲食店などで取り扱われてきた自慢のナメコは、東日本大震災で流通経路が断たれ、約一カ月にわたり首都圏に出荷できなかった。交通網が回復し出荷再開の準備を進めていたところ、原発事故の影響が出始めた。首都圏に百グラム四十円ほどで出荷していたナメコは一時、同三円と九割以上、下落した。「福島の農産物は誰も買ってくれない」。絶望感にさいなまれた。
震災から五年が過ぎた頃から徐々に価格が回復した。地道な営業努力が実を結び、最近では大手航空会社の機内食の食材に採用されるなど、販路が拡大している。ただ、処理水が海洋放出されれば、政府や東電がどんなに安全性を訴えても、農林水産業への影響は避けられないと考える。「本当に安全だと言うのならば、漁業者だけでなく国民や農業者にもしっかり説明してほしい」と強く求めた。