大熊町出身の教諭鈴木健太さん 今春から母校で指導

 大熊町出身の教諭鈴木健太さん(31)は今春から、会津若松市の旧河東三小に入る熊町、大野両小と大熊中で数学や算数を教えている。東京電力福島第一原発事故の影響で母校が町外で再開して十年が経過した。「未来の町を担っていく子どもたちを育てたい」。日々、真剣なまなざしで向き合う。 

 児童生徒は現在、合同で数学、算数の授業を受けている。子どもたちがタブレット端末を手にし、次々と問題を解いていく。手が止まり、悩んでいる生徒に鈴木さんが優しく声を掛ける。「難しい問題だけど、最初はみんな分からないよ。ちゃんとできるようになるから大丈夫」。一方的な教えにならないよう心掛け、サポートに徹する。 

 鈴木さんは大熊中から磐城高に進み、数学の教師を目指して静岡大理学部に入学した。三年生の春休みに東日本大震災が発生した。その影響で県内の教員採用試験は中止となった。地元で教師をしたいとの思いは変わらず、大学卒業後は県内で学校講師を続け、二〇一五(平成二十七)年に教諭として採用された。 

 会津若松市にある大熊中で勤務できることに喜びを感じている。震災時に多くの町民の避難先となり、さまざまな困難を乗り越えて学校が再開した場所だ。自身は県外にいたため、当時の状況は新聞やテレビなどでしか知ることができなかった。会津で尽力した人たちの苦労を現地に来て知り、その上で「町のために何かしたい」と話す。

 二〇二三(令和五)年、町内大川原地区に幼保・小中一貫の義務教育施設が開校される。町の復興には産業が動きだすことが必要だと考えている。その基盤となるのが、町で教育を受けた子どもたちだ。「子どもたちと一緒に新しい大熊をつくりたい」。鈴木さんの思いは未来の大熊町につながっていく。 

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