福島県民感情、葛藤抱えたまま 知事「風評で苦しみ続けている」 処理水海洋放出
緊急遮断弁を視察する西村経産相(中央)。右は小早川社長(代表撮影)
2023/07/11 09:44
東京電力福島第1原発の放射性物質トリチウムを含んだ処理水の海洋放出を所管する西村康稔経済産業相は10日、福島第1原発を視察し放出設備の安全対策を確認した。国際原子力機関(IAEA)による処理水の安全性に関する包括報告書を後ろ盾に政府が夏ごろの放出開始に向け準備を進める中、漁業者をはじめ福島県民は廃炉や復興のために海洋放出の必要性を理解しても、風評への懸念から了解とは言い切れない「葛藤」(内堀雅雄知事)を抱えたままだ。西村氏は11日、県漁連の野崎哲会長らと面会し、海洋放出や風評対策に改めて理解を求める。
西村氏の視察はIAEAの包括報告書の公表後初めてで、トラブル発生時に海洋放出を止める緊急遮断弁を確認した。放出前の処理水の放射性物質濃度を測定する日本原子力研究開発機構(JAEA)の大熊分析・研究センターも見た。東電の小早川智明社長らとの面会では「廃炉を進めるには処理水の海洋放出は避けて通れない」と強調し、緊張感を持って対応するよう求めた。小早川社長は「現場の安全と品質を確実にする活動を展開する」と応じた。
10日、内堀知事は県庁で定例記者会見に臨んだ。処理水を巡る県内の現状を問われ「漁業者をはじめ県民はさまざまな葛藤を抱えながら、それぞれの立場から意見を述べている」との見方を示した。処理水の科学的安全と社会的安心の違いに言及し「科学的な安全論は別にして、風評被害で12年余り苦しみ続けているという現実もある。処理水の問題によって、風評が追加されてしまうのではないかという心配がある」と県民の感情を代弁。「シンプルな解決策、正解があるわけではない」として「葛藤、分断、多様性を県民の思いとして政府などに伝えていく」とした。
西村氏は視察後、報道陣に対し、「(漁業者らは)さまざまな懸念、不安な気持ちを持っていると思う。寄り添いながら要望にしっかり応えていきたい」と強調した。政府と東電は2015(平成27)年、県漁連に「関係者の理解なしには(処理水の)いかなる処分もしない」と約束。県漁連は一貫して海洋放出に反対している。県漁連との約束をほごにするのかと問われた西村氏は「約束は順守する。意思疎通を繰り返し、信頼関係を深めることが重要」と説明した。ただ、海洋放出への理解の広がりについて見解を求められると「特定の指標や数値で精密に判断するのは難しい」と明言を避けた。
政府が夏ごろとする海洋放出開始までに県民の懸念や不安がどこまで払拭されるかは依然として見通せない。原発事故の被災地で調査研究を続けている立命館大産業社会学部の丹波史紀教授(元福島大准教授)は「政府が複数年にわたってどのように努力を積み重ねていくのかを予算面も含めて見通しを立てることが重要だ。不安が解消されない要因は、政府からロードマップが示されないことにある」と指摘する。
IAEAは包括報告書で海洋放出は「国際的な安全基準に合致する」と評価し、「計画通りの放出であれば、人や環境に与える影響は無視できるほどごくわずか」としている。