9日、古里で演奏 小浜風童太鼓・猪狩考平さん(福島県富岡出身) 津波で不明の祖父に届け

 

太鼓の練習に励む猪狩考平さん。「生きる活力を届けたい」と意気込む

 

2025/03/09 09:53

 

 福島県富岡町小浜出身の会社員猪狩考平さん(36)=いわき市=は9日、双葉郡の太鼓団体が集い富岡町で初開催するイベントに「小浜風童太鼓」として出演する。祖父功さん(当時73)は東日本大震災による津波の後に行方が分からない。太鼓に打ち込む幼い自分を常に応援してくれた。突然の別れからもうすぐ14年。年内にも町内に居を構え、震災と東京電力福島第1原発事故からの地域の復興を支えるつもりだ。「じいちゃん、見てるかい。安心してくれよ」。亡き人と古里への思いを一打に込める。

 

 記憶の中の功さんは「寡黙で優しい職人」だ。造園会社の庭師として夜の森の桜を手入れし、富岡川鮭繁殖漁協の組合長としてサケのつかみ取りを催し、子どもたちを楽しませた。「誰かのため、町のため」に生きる姿が誇らしかった。

 考平さんは富岡一小の1年生の頃、幼なじみで作る太鼓チームに入った。週1回、公民館で稽古を重ねては富岡えびす講市や盆踊りなどに出て、行事を盛り上げた。功さんはいつも駆け付け、演奏を満足そうに聞いていた。「見てみろ」と笑顔で和太鼓をくれたことも。言葉よりも行動や表情で、背中を押してくれた。

 双葉高から郡山市の日大工学部に進んだ自分が実家に帰るたび、優しい表情で出迎えてくれた。

 2011(平成23)年3月11日。考平さんは大学卒業を控えて帰省していた。車で出かけた浪江町で激震に遭い、帰路を急いだ。海岸から約600メートル内陸の実家は2階中ほどまで水に漬かっていた。避難所を巡り、両親ら他の家族とは落ち合えたが、功さんだけは見つからなかった。

 自宅より300メートルほど海寄りにあったふ化場まで発電機を運ぶ功さんを近所の人が見ていた。津波に巻き込まれたのだろう。「最後の会話も思い出せず、何も恩返しできなかった」。慣れ親しんだ太鼓も、津波が流していった。

   ◇    ◇

 1年後に葬儀を出し、気持ちに踏ん切りをつけた。「もう後悔はしない。じいちゃんに恥ずかしくない生き方をする」と決意し、地元の建設会社に入社した。避難先のいわき市から浜通りの復旧現場に出向き、工事に没頭した。

 震災から3年ほどたったある日、太鼓仲間の幼なじみから連絡が来た。「和太鼓がそろう。また、やらないか」。小浜風童太鼓が用具の寄贈を受けて再開すると聞き、参加を決めた。仮設住宅や復興イベントなど県内外に出向いて力強い響きをとどろかせてきた。愛用のバチに「見る人の『生きる活力』になれたら」と思いを込める。

 考平さんは一昨年に結婚し、昨年には漁協にも入った。年内にも古里の小浜に新居を構え、いわきから夫婦で移り住む予定だ。自分にとっての和太鼓は祖父への鎮魂の祈りと、古里を後世に受け継ぐ決意の象徴でもある。「町の力になるように精いっぱい、たたく」

■「太鼓祭りin富岡」は9日午後1時から

 「太鼓祭りin富岡」は9日午後1時から富岡町文化交流センター学びの森で開く。小浜風童太鼓をはじめ双葉郡内の五つの太鼓団体が実行委員会を組織して開催する。入場料千円、未就学児無料。

 

関連記事

ページ上部へ戻る