あの童謡の作者が愛した温泉宿「新つた」。
数々の武将や大名、文化人が足しげく通った名湯。
“日本三古湯”と呼ばれる温泉をご存知ですか?
一つ目が愛媛県の「道後温泉」、二つ目が兵庫県の「有馬温泉」、三つ目は参考にする文献によって異なると言われていますが、西暦927年にまとめられた全国の神社一覧「延喜式神名帳(えんぎじ じんみょうちょう)」では、福島県にある「いわき湯本温泉」とされています。
いわき湯本温泉は、現在ではJR「湯本駅」周辺にある温泉街の源泉として、親しまれています。
映画「フラガール」の舞台となった「スパリゾートハワイアンズ」も、いわき湯本温泉を引いてつくられた施設です。
いわき湯本温泉の開湯は、なんと奈良時代。
傷を負った鶴を、通りがかりの旅人夫婦が介抱した所、数日後に鶴が女性に化けて二人に巻物を授けにきたそう。
その巻物には「御湯を開き、天寿を全うせよ」という言葉と、現在の湯本に位置する場所が記されていたんだとか。
戦国時代には数々の武将や大名が湯治(とうじ)に訪れていて、江戸時代以降は、今の東京から宮城へと続く浜街道唯一の温泉街として、多くの文人、墨客の来訪が絶えなかったそうです。
四季の移ろいを感じる、美しい佇まい。
“しゃぼん玉とんだ 屋根までとんだ 屋根までとんで こわれて消えた
しゃぼん玉きえた とばずに消えた 生まれてすぐに こわれて 消えた
風 風 吹くな しゃぼん玉 とばそ
風 風 吹くな しゃぼん玉 とばそ“
日本人なら、きっと誰しもが聞いたことのある「しゃぼん玉」。
この曲の作者でもある、野口雨情(のぐち・うじょう)も、いわき湯本温泉を頻繁に訪れる文化人の一人でした。
そして、雨情がこよなく愛したという温泉宿が「新つた」です。
「新つた」は、御幸山公園という緑豊かな土地を背中にして佇んでいるので、周囲には竹林やもみじが鮮やかに茂っています。
秋は紅葉が風に揺れ、目にも美しい情景が正面玄関や部屋からのぞむことができます。
雨情もきっと、「新つた」の美しい情景から四季の移ろいを感じていたのではないでしょうか。
「新つた」の顔とも言える温泉は、全部で3種類です。
庭園露天風呂「竹林」(混浴)、大浴場(男女別)、貸し切り風呂(予約制)、すべて源泉掛け流しです。
源泉は、地下50メートルから汲み上げられている全国的にも珍しい天然硫黄泉。
「美人効果」(美肌作用・解毒作用・末梢血管拡張作用)、「健康効果」(血圧を低下させる~動脈硬化、高血圧に効く)、「温熱効果」(高齢者向き~保温効果が高い)などなど、数々の効能を併せ持った名湯なのです。
実際に庭園露天風呂「竹林」で入浴してみると、温泉を囲む青々とした自然で目を癒しながら、体も内側からじんわりと温まります。
風が吹くと、木々が揺れるサワサワという音と湯が流れる音が重なり、大自然に身を委ねているような感覚になります。
「新つた」には、予約制の家族風呂もあります。
私は妻と一歳になったばかりの子供の3人で訪れたので、「竹林」を満喫したあとは家族水入らずで湯本温泉を愉しみました。
小さい子供も一緒に温泉に入れるという環境はなかなかないので、妻はのびのびと温泉につかることができたと嬉そうでした。
宿泊した部屋は、12.5+6帖の純和風タイプ。
広々とした内装は、6名でも十分に泊まれそうなほど、ゆったりとしたつくりでした。
ほかにも、露天風呂付きのタイプや、15+3帖の広めのタイプ、ベットのツイン/シングルルームなど、様々な部屋があるようです。
私たちが宿泊した部屋からは美しい紅葉が見え、雨情が愛してやまなかったという景色を見ながら火照った体で風を感じて、ゆったりと流れる時間を堪能しました。
福島の恵みに、舌鼓。
温泉につかったあと一息ついていると、仲居さんから晩ご飯の用意ができたと連絡があり、食事場所へと向かいます。
食事は客室とは別の個室に用意されていて、テーブルに並んでいたのは、前菜、鮮魚のお造り、松茸の土瓶蒸しなど。
まずは食前酒の梅酒を飲むと、よく冷えた甘味が湯上りの体にきゅーっと染み込みます。
入浴後のことを想定した献立であることを感じて、この後の料理への期待がふくらみます。
前菜は、甘く焼き付けた鶏肉や甘味噌をのせた揚げ茄子、オレンジで煮たお芋など、一つ一つが食材の鮮やかな魅力が発揮されるよう、料理長の趣向が凝らされていて、思わず食べ進めるのがもったいなくなるほど。
旬の魚介を盛り合わせたお造りは、福島県最大の湾港「小名浜港」で水揚げされた鮮度抜群のもの。
脂がのりすぎず、ほかの料理と協調する旨味ある味わいは、福島の恵みを存分に味わっているという満足感があります。
メインに登場したのは、地元のブランド牛“福島牛”のステーキ。
肥沃な大地と清らかな水源で育った牛は、良質な霜降り肉で風味絶佳。ひと口かじると脂と赤身の旨味が広がり、ほんのりと焼き目がついた部分からは香ばしさを感じます。
前菜、お造りと続いて、食材の魅力を存分に引き出している味わいでした。
肉料理の後に出てきたのは、金目鯛の煮付けと、渡蟹の味噌汁、白飯とお漬物です。
甘辛く味付けされた金目鯛の煮付けとともに、ツヤツヤに炊かれた白米を頬張るとまさに“口福”。
蟹の出汁がたっぷりと出た味噌汁でグッと流し込み、さらに金目鯛とご飯を頬張ります。
間に挟む、すだちを搾った松茸の土瓶蒸しやお漬物の香りが、味わいに更なる上質感を与えてくれて、食べ進める箸を一度も置くことなく食べ終わりました。
鱈腹に食べて、満足感と共に客室へ帰る途中、“野田雨情ギャラリー”を見つけ、立ち寄ります。
中央には雨情が愛用したという大きな火鉢が。
周囲には、雨情ゆかりの道具や書が飾られており、当時の空気感を感じることができます。
体の芯までぽかぽかと温まった温泉の心地良さと、福島の魅力が詰まったような美味な夕食に舌鼓を打ち、雨情がこの宿を愛してやまなかったということにも大いに納得。
東京、仙台からは車で2時間半ほど。
旅感覚にはちょうど良い距離にある「新つた」。
福島旅行で行き先を考えているのであれば、ぜひ宿泊地の候補としてお薦めできる宿。
雨情の足跡がのこる地で、心地良い温泉にゆったりとつかってみてはいかがでしょう。
■雨情の宿 新つた
〈住所〉いわき市常磐湯本町吹谷58
〈電話番号〉0246-43-1111
〈駐車場〉あり
〈備考〉いわき湯本ICより車で10分、常磐線湯本駅より徒歩7分、送迎あり
文・写真:河野大治朗