釣りたての岩魚を炭火で焼いて食うinいわなの郷。
清らかな山間にある岩魚の釣り堀。
福島県浜通りの内陸にある川内村。
いわき市から車で1時間ほど北上した山間部に、ひっそりと佇む村だ。
川内村には、釣った岩魚をその場で炭火焼きにしてくれる釣り堀があると聞き、子供のころキャンプで食べた焼魚の記憶が蘇る。
香ばしく焼けた皮の匂いと、ふっくらほろほろとした身が恋しい。夢中で食べたあの味を求めて、川内村へと車を走らせた。
富岡ICで高速道路を降りて、くねくねとした山道を進んでいると、武家屋敷のような瓦屋根の建物、水車などが突如現れた。
街を出てからしばらく林道を走っていたので、まるで江戸時代にタイムスリップしたような気分になる。
看板には「いわなの郷」とあり、釣り堀への案内が記されていた。
小学校のプールほどの大きさの釣り堀を覗き込んでみると、岩魚がいるいる。
所々に大きな黒い塊のようにして、身を寄せ合っている。
思っていたよりも多いなぁ。500尾近くはいるんじゃないか?
さっそく、係員のお兄さんに声をかけて釣竿、練り餌、バケツの3種の釣具を貸してもらう。
料金は釣具一式が310円で、釣った岩魚は100gあたり260円で買うことができるそうだ。
釣り針の先にコネコネと練り餌を纏わせて、いざ1投目。
そりゃ!と岩魚が集まっていそうなポイントに投げ込む。
ゆっくりと沈んでいく練り餌に岩魚が集まってきて、様子を伺っている。
突然、竿の先端がグイっと水の中に強く引っ張られ、反射的に釣竿を引き上げる。
ビチビチビチと水しぶきを上げて、岩魚が水面から現れた。
やった!1投目からいきなり釣れたぞ!!
手元に感じた魚の力強い引きに興奮しながら、岩魚の口に刺さった針を外す。ヌルっとした感覚、鼻をくすぐる練り餌独特の匂い、釣りをしている実感がふつふつ湧いてくる。
大体1時間ほど釣りに没頭して、釣り上げたのは5尾。
1投目以降は引きがほとんどなく、頭を抱えていたら釣具を貸してくれたお兄さんがコツを教えてくれた。
「岩魚は水面からゆっくりと落ちてくるものに反応します。投げ込んだ練り餌を沈ませては浮かばせて、沈ませては浮かばせてを繰り返していると食いついてきますよ」と丁寧なアドバイス。
お兄さんの言う通りにしてみると、途端に食いつきがよくなった。
岩魚釣り上げのラッシュに興奮していると「コツを覚えれば簡単でしょう。女性や小学生でも1時間で10尾近く釣り上げる方もいるんですよ」とにっこり笑うお兄さん。
釣ったあとの岩魚は、1尾あたり30円でさばいてくれて、10尾まで310円で炭火で塩焼きにしてくれるそうだ。
いよいよ、待ちに待った岩魚の炭火焼きだ!
釣りたて&焼きたての岩魚は、香ばしく旨味抜群。
釣り堀の脇にある焼き場に移動すると、組み上げられた炭が煌々と燃えていた。釣具を貸してくれたお兄さんがさばいた岩魚に串を刺し、塩を振って、炭火の周りに配置する。
彼が岩魚や炭の管理のほとんどを請け負っているそうだ。関という名前だと教えてくれた。
「実はこのあたりの住所には“炭焼き場”という地名が付けられているんです。かなり昔から木を切り出しては、炭をつくって生計を立てていた集落だったんだと思います。以前は、全国一の生産量を誇っていたようですよ」
いまは、福島第一原発の影響で木の切り出しを再開できていないそうだが、いつか川内村で炭の生産を復活させたいと関さんは言っていた。
因みに「いわなの郷」では月に一度、水産試験場で岩魚の放射能含有量検査をしていて、測定可能最小値以上の数値が検出されたことはないそうだ。
炭火の熱にあてられて、岩魚から水分が滴っている。
皮にはこんがりとした焼き目がついてきて、実に香ばしい匂いが漂う。
「焼き上げるのにだいたい40〜50分ほどかかります。時間は必要ですが、炭火でじっくりと焼き上げた岩魚の味わいは抜群に美味しいですよ」と関さんは言う。
焼き上がった岩魚からは、湯気が上がり、口に近づけるだけでほのかに温かい。
お行儀を気にせず、ガブリ!とかぶりつくと、香ばしい皮の香りと岩魚の瑞々しい旨味が口内に広がった。
身はふっくら柔らかに焼き上げられていて、水分が滴るほどにジューシー。
関さんの言う通り、ガスの火で焼いた魚とは比べ物にならない旨さだ。岩魚を釣り上げたとき以上の興奮を覚え、我を忘れて食らいつく。
「焼きたての岩魚は美味しいでしょう。頭にもしっかり火を通していますから、ぜひ食べてみてください」と関さん。
こんがりとした岩魚の頭をかじると、バリッと心地よい食感。香ばしく焼けた岩魚の香りが鼻に抜けた。
魚の頭がこれほど旨いなんて知らなかったなぁ。
■いわなの郷 釣り堀
〈住所〉双葉郡川内村上川内炭焼場516
〈電話番号〉0240-38-3511
〈営業時間〉9:00~16:00
〈定休日〉水曜、12月〜3月
〈駐車場〉あり
炭火で焼いた岩魚は、同じ「いわなの郷」の中にある「幻魚亭」でも食べることができると関さんが教えてくれた。
大きな武家屋敷のような「幻魚亭」。
名物は“いわな塩焼き定食 1020円”。
塩焼きのほかにも、ふっくらとした身の岩魚をまるごと揚げた“いわなの唐揚げ”などがある。
■幻魚亭
〈電話番号〉0240-38-3511
〈営業時間〉11:00~16:00
〈定休日〉水曜
岩魚の卵を見たことはありますか?
「1週間後には、“検卵”といって岩魚の卵を孵化させる準備が始まります。もしお時間があれば見にきませんか?」と提案してくれた関さん。
岩魚の卵を見る機会なんてそうそうないぞ。
ぜひ、見学させてください!
「いわなの郷」では、12月に入ると釣り堀を閉め、春に向けた岩魚の孵化準備に取り掛かるという。
後日あらためて「いわなの郷」を訪れると、関さんが「孵化室」と札がついた小屋に案内してくれた。
小屋の中では、60歳は超えていそうな男性が桶の中に入っているものを懸命に選別している最中だった。
「あの人が『いわなの郷』を立ち上げたときに、岩魚を育て始めた渡邉さん。ちょうど今検卵をしているところです」
桶の中を覗かせてもらうと、オレンジ色の粒々としたものが入っていた。イクラのような大きさで、中には黒い模様のようなものが見えた。
「これが岩魚の卵。中に黒い点が見えるものがあるでしょう。上手く受精してくれた証拠で、黒い点は稚魚の目なんです」と渡邉さんが教えてくれる。
直径1mmほどの卵をひとつずつ見て、受精していない白くなった卵を取り除くのだという。
なんと、ワンシーズンで20万個もの卵を選り分けるそうだ。
桶に入っているものだけでも気が遠くなるような作業だが、渡邉さんは26年間毎年行ってきた、恒例行事のようなものだと笑う。
「『いわなの郷』を始めたときは、そりゃあ大変でしたよ。魚を育てたことなんて一度もなかったですからね。近くの水産試験場に1年ぐらい通って、魚のことを学んできました。水が流れてないと岩魚は生きていられないから、上の方を流れている楢生川から水を引っ張ってきたりしたんです」
関さんがやってくるまでは、ずっとひとりで岩魚と釣り堀の管理をしてきたという渡邉さん。
最初は養魚池と釣り堀しかなかった「いわなの郷」だが、徐々に客が訪れるようになってくれて「幻魚亭」や「職業体験館」、コテージ、少し離れたところには「かわうちの湯」という温泉までできたきたという。
川内村は星空が奇麗なことでも有名。県内外から多くのキャンパーが訪れる。
コテージは最大10人まで宿泊できる。基本使用料が10000円で大人ひとりにつき2000円。囲炉裏や畳がある古民家風の内装。
浜通りの山奥で釣り堀から始まった「いわなの郷」は、今ではバーベキューやキャンプも楽しめる大きな娯楽施設となった。
車を使えば、福島県内はもちろん関東地方や東方地方からも、ほどよく旅の感覚を味わえる距離感で訪れることができる。
炭火で焼いた岩魚の味が恋しくなったら、きっとまた訪れよう。ついだれかに教えたくなる、お気に入りの場所ができた。
文・写真:河野大治朗