【官製風評 処理水海洋放出】政府の風評対策 民意反映できるのか

 

 東京電力福島第一原発で増え続ける放射性物質トリチウムを含む処理水の処分を巡り、政府が海洋放出方針を決定してから一カ月が過ぎた。政府は風評対策の検討に着手したが、県内からは「県民の声は生かされるのか」と危惧する声が上がる。地元との対話を深めぬままの強行的な方針決定に対し、不信感が根強いためだ。政府は今月下旬にも県内の関係団体や自治体への聞き取りを始め、各省庁が取り組むべき対策の指針となる行動計画の中間まとめを今夏に決める。民意を反映する仕組みをいかに構築するかが問われる。 

 四月二十四日。平沢勝栄復興相(福島高出身)は処理水の海洋放出方針決定を受けて内堀雅雄知事と県庁で会談し、風評対策を検討する際に県民の意見を反映する姿勢を強調した。内堀知事は万全の対策を講じるよう訴えた。 

 政府側の意気込みとは対照的に、県民の受け止めは冷ややかだ。いわき市漁協に所属する昭政丸船長の久保木克洋さん(52)は先行きへの不安を口にする。「風評対策に県民の意見は本当に取り入れられるのか。また一方的に聞くだけ聞いて決められては困る」 

 政府は海洋放出方針の決定に際し、意見聴取会を県内外で計七回開催した。しかし、一方的な意見の聞き取りに終始し、議論には発展しなかった。国民から寄せられた約四千件の意見に対する回答が示されたのは、方針が決められた日のホームページ上だった。久保木さんが危惧する要因は、海洋放出に反対する地元住民と十分に対話をせず、強行的に方針を決めた政府の姿勢にある。 

 懸念は漁業にとどまらない。JA福島中央会、県漁連、県森林組合連合会、県生活協同組合連合会は四月三十日、県民に十分な説明がないままの方針決定だとし、海洋放出に反対する共同声明を発表した。JA福島中央会の菅野孝志会長は記者会見で、産業界の意見を反映する環境を整備するべきと強調。「(県民や国民の)皆さんやわれわれが理解できる状況が形成されるまでは海洋放出は容認できない」とくぎを刺した。 

 復興施策に関する国の司令塔である復興庁は四月十三日の方針決定に合わせ、トリチウムのキャラクターをウェブサイトで公開。ネット上などで「福島が抱える現実の厳しさと感覚がずれている」と批判を浴びた。こうした中央省庁と県民感覚の乖離(かいり)が露呈する度、政府への信頼は揺らいでいる。 

 政府は方針決定に合わせ、「ALPS処理水の処分に関する基本方針の着実な実行に向けた関係閣僚等会議」を新設した。「廃炉・汚染水・処理水対策関係閣僚等会議」の下部組織に当たり、既存の省庁連携組織と調整しながら風評被害の実態を把握し、対策を検討する。内閣官房長官を議長とし、経済産業省、復興庁、環境省、農林水産省など十の省庁の大臣らで構成する。 

 関係閣僚会議の下には関係省庁の副大臣以下が参加するワーキンググループ(WG)も設置した。いずれも現時点では福島県関係者が最終的な意志決定に関われない組織形態となっている。どれだけ民意を吸い上げ、対策に反映できるかは不透明だ。 

 県は風評対策に関して国と緊密に連携するため、四月二十八日付で「風評・風化戦略室」を新設した。同室の担当者は「国に対し、県民の意見を聞く場と姿勢の両方を求めていく」としている。 

■対策の実効性課題 専門家「数値目標示すべき」 

 東京電力福島第一原発で増え続ける放射性物質トリチウムを含む処理水の処分に伴う風評対策を巡っては、いかに実効性を高めるかが課題となっている。専門家は、政府が具体的な風評対策を打ち出すに当たり、数値目標を示すべきと指摘する。 

 政府の小委員会の委員を務めた開沼博東京大大学院情報学環准教授(いわき市出身)は「政府は数値目標を決め、ゴールを明確にした上で対策を進めるべき」と提案する。 

 原発事故発生後の十年間で、あらゆる風評対策が講じられてきただけに、“秘策”はないとみる。「目標がなければ、模式図を作って抽象的な言葉を並べて終わるだろう」と懸念する。 

 同じく政府の小委員会の委員だった小山良太福島大食農学類教授は、地元漁業者らに向けて、海洋放出を許可する具体的な条件を政府に提示し、達成させる方法を提案している。 

 例えば、始めにトリチウムに関する国民の理解度調査を国に要請し、現状把握させる。理解が全体の二割だった場合、「八割が理解する」との数値目標を設定し、クリアさせる。「達成するまで放出はさせない。それぐらい抵抗して構わないのではないか」と話した。

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