【鉄路と生きる(18)】第2部 常磐線 「新たな駅」復興けん引 国際機構往来に期待

 

福島国際研究教育機構の本施設が立地する場所で、かつての浪江駅のにぎわいを語る鈴木さん

 

2023/01/09 10:00

 

 

 巨大な屋根が駅と商業施設を覆い、芝生の広場、住宅などが一体的につながる。都会的で近未来を思わせる景観が、浪江町に誕生する。JR常磐線浪江駅と周辺の再開発事業だ。新国立競技場の設計などを手がけた世界的建築家・隈研吾さんのデザインを基に新年度に建設が始まる。

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で一度は鉄路を断たれ、大きな傷を負った沿線地域は、駅を生かした新たなまちづくりによって本格的な復興へ歩み出そうとしている。

 「新しい浪江駅は、人を呼び込む大きなチャンスだ」。町内で建設業を営む町商工会長の鈴木仁根(ひとね)さん(67)の言葉に力がこもる。津波被害を受け、原発事故の影響で駅周辺が居住制限区域に指定されるなど全町で避難を余儀なくされたため、現在も約9割の町民が避難先の町外で暮らす。駅を中心とした再開発で移住・定住者が増えれば、地域活性化につながると期待を寄せる。

 自宅は駅から約1キロの場所にある。地元で60年以上過ごし、鉄道の盛衰を目の当たりにしてきた。かつては駅前に商店や旅館、飲食店が並び、大勢の人でにぎわった。高校時代、大野駅(大熊町)まで通学に利用した電車は現在より運行本数が多く、朝夕は満員だった。「1時間に何本も列車が走っていた。まちは活気があった」と懐かしむ。

 だが、車の普及や少子化などを背景に利用者は減少した。JR東日本によると、浪江駅の1日平均利用者数は、2004(平成16)年に初めて千人を割った。震災と原発事故で営業を休止し、2017年4月に再開したが、その後2年間は1日30人程度にとどまった。全線再開を機に無人駅となり、現在は統計がない。日頃の利用状況は依然、寂しいのが実情だ。

 鉄路復活の鍵を握るのは駅前再開発に加え、駅周辺に立地が決まった福島国際研究教育機構(F|REI・エフレイ)の存在だ。立地選定では鉄道へのアクセスの良さが評価された。施設に通う研究者や職員、その家族らが町内に居住する他、隣町などから列車を利用して通勤することが見込まれる。鉄道が重要な生活の足の一つになる。

 鈴木さんは町商工会長として町や各種団体と連携しながら、鉄道の利活用を通したまちの活性化策にアイデアを練っている。「町の復興には、人が住み、駅周辺がにぎわうことが大切。そのためなら、何でも挑戦する」。子どもの頃に見た浪江駅の隆盛を取り戻すための決意は固い。

 常磐線は、原発事故によって設けられた帰還困難区域も通る。特定復興再生拠点区域(復興拠点)の避難指示解除に合わせ、駅を中心にゼロからの地域再生が始まっている。

 

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