福島県南相馬市小高区の写真館再び 川崎から移住の本田さん夫妻借り受け 避難中の所有者の思い継承

 

写真館の開館に向け準備を進める本田健太郎さん(右)と奏さん夫妻

 

2025/01/20 10:51

 

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故による避難で空き店舗になった福島県南相馬市小高区の写真館が、移住したカメラマン夫妻の手でよみがえる。住民の営みに寄り添ってきた所有者の思いを引き継ぎ、地域に愛される写真館を目指す。2027(令和9)年の開業に向け準備を進めている。

 再生に取り組むのは、川崎市から南相馬市小高区に移住した本田健太郎さん(34)と妻の奏(かな)さん(31)。健太郎さんはテレワークのITエンジニア、奏さんは南相馬市の地域おこし協力隊員として働いている。

 移住前、奏さんはフリーカメラマンとして活動し、写真館の開業を目指していた。偶然参加した小高区の体験ツアーで落ち着いた街中や人の温かさに触れ、2人で移り住んだ。写真館に使えそうな建物を探していたところ、閉館した「studioミウラ」に巡り合った。

 同館は1993(平成5)年に三浦邦夫さん(81)が開館し、震災直前は小高区で唯一の写真館だった。家族写真や七五三を祝う写真などを撮影し、地域住民に親しまれていた。しかし、震災と原発事故で千葉県柏市などに避難し、今も現地に暮らしている。「戻って再開したい」との思いが募ったが高齢となり、やり直すのは難しいと諦めていた。

 そんなとき、同市で空き家の所有者と物件を探す人のマッチング支援を行っている相談窓口「ミライエ」の仲介で、写真館の持ち主を探していた本田さん夫妻と出会った。三浦さんは二人の写真の腕前を認め、建物を貸すことにした。

 建物は2階建て。1階は待合室や展示スペースとしての活用、2階は七五三や家族写真などを撮る場にしようと検討している。

 地域おこし協力隊員である奏さんの任期が終了する来年秋以降に準備を本格化させる予定だ。本田さん夫妻は「写真として思い出を残す大切さを知ってもらい、地域に信頼される写真館を目指したい」と意気込む。三浦さんは「お客さんとの思い出が詰まっている。再び生かしてもらえるならとてもうれしい」と期待している。

 

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