少子化を生きる ふくしまの未来 第2部「双葉郡の若者」➊ 婚活事業(上) 切れた出会いの輪 避難対応で支援に空白

「好循環ができていた」と原発事故が起きる前の婚活支援を振り返る双葉町生涯学習課の加村さん
2025/02/02 10:26
日本では、婚姻と出産は密接な関係性にある。国は2020(令和2)年に定めた「少子化社会対策大綱」で、少子化の主な原因に「未婚化、晩婚化」などを挙げた。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故を機に、福島県双葉郡の若者の出会いや結婚を取り巻く環境はどう変わったのかを探る。
震災と原発事故が起きる約1年前。浪江町の冠婚葬祭場「如水」の一室で、談笑する浴衣姿の独身男女が連絡先を交換していた。双葉町が企画した、いわゆる「婚活パーティー」だ。
「あの頃は、小さな町ならではのネットワークを生かせていた」。震災前まで事業に携わっていた双葉町生涯学習課課長補佐の加村めぐみさん(47)は当時感じた「手応え」を振り返る。
町の婚活支援は1990(平成2)年ごろに設置した「後継者結婚対策協議会」に支えられていた。町から委員に委嘱された町民の有志が、出会いの場を望む若者向けにパーティーなどを企画。各世帯の家族構成や職業など、地域の事情に明るい委員が単身者やその家族、知り合いに声をかけて参加者を集めた。
交際や婚姻という「プライベートな領域」に、行政が民間の力を借りて乗り出した背景には、原発という安定した就労先のある町にも忍び寄る少子化への危機感があった。国勢調査によると、町の人口は1985(昭和60)年の8219人をピークに、1990年に減少に転じた。対策協議会の動きも、こうした人口動態と軌を一にしている。
夏は浴衣、年明けにはバレンタイン…。町と対策協議会は季節に応じたテーマを設け、おおむね20代から40代までの男女を取り持った。公務員や会社員の他、「後継ぎ」に当たる農業や自営業の男性の参加者も多かったという。
事業を入り口に、成婚するカップルもいた。「経験者のつてをたどれば次の参加者に行き着く。好循環ができていた」と加村さん。こうした土地柄だけに、知り合った男女の行く末も追いやすかった。しかし、順調のように思えた歩みは、14年前の3月11日に全面ストップを余儀なくされた。
町役場は被災した直後から、町民の避難対応などに追われた。職員は役場機能を移した埼玉県加須市をはじめ、古里から遠く離れた避難先で慣れない業務に忙殺された。加村さんは「非常事態であり、婚活支援は必然的に後回しにならざるを得なかったのでは」と緊迫した時期を顧みる。
対策協議会の今後を考え始められたのは、町を巡る状況がある程度、落ち着いてからだ。町内で建設会社「福田工業」を営む福田一治さん(53)は2012年に会長に就くと、約10年間にわたり務めた。「町民が避難生活を送る状況で、婚活支援を続けるべきか、やめるべきか。『そもそも論』から議論した」と休止中の関係者のやりとりを振り返る。
将来の町の復興や再生を考えれば、次の世代を支える取り組みを放棄するわけにはいかない―。関係者は話し合いの末、2016年に「もうできない、となるまでは続けよう」と再開という結論に落ち着いた。
ただ、加村さんは「町民が全国に散り散りになった今、難しさを感じている」と苦悩を漏らす。