【ふくしま創生 挑戦者の流儀】かもめミライ水産(福島県浪江町)社長・大沢公伸(上) 恩返しの浪江サバ

陸上養殖しているサバを見つめる大沢社長
2025/07/28 10:34
「青魚の王様」と呼ばれるサバは刺し身はもちろん、煮ても、焼いても良しの大衆魚。加えて、脳を活性化させるDHA、血流を改善するEPAも豊富だが、唯一の欠点とされるのが寄生虫「アニサキス」による食中毒だ。生食でまれに起きる。体長わずか2~3センチの白い糸のような寄生虫によって人類は猛烈な腹痛に悩まされてきた。
〈アニサキスが寄生していないサバなら人は食中毒にならない。アニサキスは海水中の食物連鎖で魚介類に取り込まれる。海水を養殖に使わなければサバはアニサキスに寄生されない〉
そんな逆転の発想で、陸上養殖に取り組む企業が福島県浪江町にある。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故発生後に浪江に進出した、かもめミライ水産だ。エンジニアリング会社大手・日揮(横浜市)と、いわき魚類(いわき市)が2021(令和3)年4月に立ち上げた。
陸上養殖構想から約5年。今春、生食用サバ「福の鯖」の初出荷にこぎ着けた。「浪江産サバの魅力を全国に広め、復興に貢献する」。社長の大沢公伸[まさのぶ](55)は決意を胸に刻む。
■陸上養殖に成功 アニサキスの心配いらず
親会社の日揮は2015(平成27)年ごろ、自然環境に左右されない生食魚介類を陸上養殖する新たなプロジェクトを立ち上げ、事業候補地を探していた。すでに農業分野で事業展開しており、レタスやトマトなどの野菜を工場で養液栽培する技術を持ち合わせていた。その実績を水産業にも生かそうと思い描いていた。
当時、日揮の未来戦略室プロダクトマネジャーとして新規事業を担当した臼井弘行(48)=栃木県出身=は真っ先に福島県を思い浮かべた。日揮は震災発生前から原発関連工事などに携わり、福島とつながりが深かった。「今こそ福島に恩返しをし、復興の役に立ちたい」。2021年春に県に相談。立地候補地として紹介された一つが、浪江町北産業団地だった。
魚を陸上養殖するには「きれいな水」が不可欠とされる。浪江町には阿武隈山系の森が育んだ豊かな伏流水がある。町は小野田取水場からくみ上げ、水道水にしている。水道水をそのままペットボトルに詰めて商品化した飲料水は国際的な品質コンテスト「モンドセレクション」で金賞を受けた。水道インフラが整っているのに加え、産業団地は常磐自動車道のインターチェンジから近く、物流面でも好条件だった。
原発事故で全町避難を余儀なくされた町には帰還困難区域が点在し、居住者は6535世帯1万4353人の住民登録に対し、1523世帯2366人(6月30日現在)にとどまる。「厳しい環境の中で成功を収めてこそ、地域発展の力になれるはず」。臼井は不退転の決意で立地を上申した。2020年4月、かもめミライ水産の設立が決まった。
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飼育する魚をサバにしたのは、これまでサバ用陸上養殖施設のほとんどが九州と山陰の日本海側に集中し、「西高東低」の傾向が顕著だったからだ。「東日本で生食用サバを育てられれば、技術革新となる。復興につながる」と臼井は考えた。
町北産業団地に水量30トン規模の水槽計14基を備える陸上養殖イノベーションセンターを建設。過去に水処理会社での勤務経験があった大沢が社長に就き、2024年6月、稚魚数万匹を水槽に入れて養殖を始めた。―その3カ月後だった。(文中敬称略)