【3.11 それぞれの15年】絆つなぐ舞、情熱燃ゆ 会員の笑顔が続ける力に 福島県浪江町の長岡仁子さん(84)

 

民舞踊を指導する長岡さん(手前)。震災と原発事故で浪江を離れた同郷の仲間を励まし続けている

 

2026/02/12 09:17

 

 福島県浪江町を拠点に活動する民舞踊「武扇会」の2代目会主・長岡仁子さん(84)は、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で古里を離れた同郷の仲間を励まし続けている。自身も避難を余儀なくされたが、離れ離れになった町民の避難先を回って教室を開き、踊りを通じて絆を維持してきた。震災前に比べて会員数は減り、体力の衰えを感じるようになった。それでも、「交流の輪を広げ続けていきたい」と前を向く。

 「もっと手を高く」。浪江町内で開いた教室に長岡さんの声が響く。厳しい指導の一方、休憩時間にはたわいもない話で笑いが絶えない。現在は町内など県内12カ所で計約70人の会員が稽古を受ける。

 

 原発事故により古里を追われ、福島市に避難した。武扇会は一時、活動を休止せざるを得なかった。「踊ることは二度とないだろう」。先が見えない日々を送り続けた。

 避難から約3カ月後、会員の町民から連絡を受けた。「先生、踊りたいから教室開いてよ」。喜びがこみ上げ、すぐに避難生活を送っていた福島市のアパートの一室で開いた。その後、本格的に活動を再開。町民が避難する二本松市やいわき市などで指導した。

 各地の町民が避難する仮設住宅や高齢者福祉施設も回り、踊りを届けた。入居者から「気持ちが明るくなった」と涙を浮かべながら感謝を伝えられ、「踊りは人を元気にする」と民舞踊の力を実感した。自宅がある町中心部の避難指示が解除された2017(平成29)年に古里に戻り、すぐに町内での教室を再開した。会員はすぐに集まり、現在は17人で活動する。

 苅野中(浪江町)に通っていた時にモダンバレエを習い、踊りの楽しさを知った。30歳のころ、所属していた地元婦人会の推薦を受け、県主催の民舞踊の指導者講習会に参加。武扇会の先代会主・故鈴木武子さんに出会い、稽古を積み重ねた。華やかな雰囲気に魅了され、民舞踊にのめり込んだ。1978(昭和53)年に日本舞踊協会の試験に合格し、武扇会の師範となった。町内に稽古場を設け、初めは5人ほどの会員でスタートした。明るい人柄で、楽しみながら振り付けを伝える指導が口コミで広がった。震災と原発事故発生前は県内33カ所で計約200人の門下生が踊りに親しんだ。

 

 町内では生活に必要な施設整備が進み、帰還・移住の人数も増えてきた。着実な復興を感じている。一方、高齢を理由に、退会する会員も少なくない。現在の会員数は最盛期の半分以下となった。自身も腰など体の痛みを感じることが増えてきた。「辞めようか」と考える時もあるが、教室を楽しみに待つ会員の笑顔が原動力になっている。

 体が元気な限り教室を継続し、民舞踊の魅力を広く伝えていくのが目標だ。「輪づくり、仲間づくり、健康づくりをモットーに活動を続けていきたい」。衰えぬ情熱を燃やし続ける。

 

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