「福島の食の復興」を目指した、その軌跡
福島第一原発事故後、全国では、福島県産品について安全なのに買い控える「風評被害」が広がりました。浜通りでは、立ち入り禁止となった「原発20キロ圏」でも除染が進むにつれて、少しずつ人が戻り生活できる地域が広がりました。
農産物や食に関する積極的な動きは、2015年ごろから出始めます。
福島の復興で重要な2つのキーワード、「食」「ふくしまプライド。」に関する取り組みが、この頃から進み始めました。
■「食はメディア」。東京駅で発信■
2015年11月、JR東京駅構内にある、日本有数の駅弁売り上げを誇る「駅弁屋 祭」で、「シェフのトマトハンバーグ~福島野菜のソテーを添えて~」(税込み1290円)の発売が始まりました。「オール福島」の駅弁で、食材に加えて、取り組む人々も「福島産」です。
「駅弁屋 祭」で撮影した写真に映っている人は、シェフ、若手起業家、農家、そして私。
食材では、ハンバーグの牛肉、ジャガイモ、漬物、トマトソース、そしてお米まで福島県産です。
この弁当は、食材を提供した自然栽培の農家・白石長利さんとフランス料理のシェフ・萩春朋さんという、いわきの生産者と料理人が地元で出会いコラボしたことが、発売の大きなきっかけとなっています。風評被害で廃棄せざるをえない状態になっていますが、身近な足元においしく素晴らしい野菜があり、シェフがその魅力と可能性を引き出し、「焼きねぎドレッシング」はじめ、さまざまな加工品の試験的な商品開発も始めていきました。
2人とつながった郡山市の若手起業家・馬場大治さんがプロデュース。キリンとヤフーという大手企業も応援して、ハンバーグ弁当という形で、東京駅での販売が実現しました。
東京駅は、東北新幹線で福島へ向かう始発駅。またこの年3月には、常磐線が東京駅まで延伸する「上野東京ライン」が開業。東京駅と浜通りが一本の線路で結び付きました。そんな「東北の玄関口」東京駅で、福島の弁当を発売する意義は大きなことでした。
当時、福島の農産物は、買い控えなど反発の根強い時期でした。首都圏の店頭から福島の農産物が消え、食べる機会は大きく失われました。風評被害を克服し、復興に結び付けるためには、福島の安全でおいしいものを、多くの人にたくさん食べていただくこと。それが最も重要だと感じていました。
実感したのは「食はメディア」だということです。
そもそも勤務するヤフーとして、福島の弁当の前に、宮城・石巻産の食材で「復興弁当」を始めました。「多くの人が復興に関わり、多くの人に東北の食材を味わっていただく」ために、弁当というツールは強力なメディアとなりました。
弁当のかけ紙には福島の現地情報を記載しましたが、それはメディアのほんの一部。多くの人が、食材や料理を見て、味わって、「おいしい」と五感で感じて、食の時間を楽しんでいただくことができれば、福島産食材に対する考えも広く変わっていくと今も考えています。
駅弁は好評を博した後、販売終了をしましたが、「食はメディア」の動きは、様々な形で発展しています。
例えば「孫の手トラベル」(郡山市)の、生産者の農地でシェフが調理して味わうツアー「FoodCamp」です。2020年11月、白石さんの田んぼに作った特設会場で、自慢の里芋をふんだんに使ったフルコース料理を、参加者が火を囲んで楽しみました。レストランなどでは味わえない体験と価値を提供しています。
この里芋は、白石家で代々受け継がれている在来品種の里芋で、萩シェフのアドバイスもあり、祖父の名である「長兵衛」と名付けられました。とてもねっとりとしていながら甘みのある野菜です。
生産者、シェフ、それを支える地元企業が、新しい食の形にチャレンジしています。
■「ふくしまプライド。」の広がり■
「食はメディア」のもう一つの重要な動きとして、「ふくしまプライド。」があります。
福島県産農産物の魅力と安全を発信する県の取り組みは、2015年から「ふくしまプライド。」というコミュニケーションワードを掲げ、TOKIOのCMなどで活用されていきます。
その発展形として、2016年9月、福島の食のファンクラブ「チームふくしまプライド。」が発足しました。浜通りから会津までの生産者たちが「新しい福島の農業」を目指して相互に学びあい、新商品開発や「食のコミュニティ」作りを始めました。浜通りからは、トマトのテーマパーク「ワンダーファーム」の元木寛さんなどが記者会見に登壇しています。
さらに2017年7月、大手オンラインストア3社(アマゾン、楽天、ヤフー)を通じた福島県産品の販売促進事業を開始。初年度、目標を上回る売上15億円を達成し、その後も成長は続き、2019年度は売上26億円にまで広がりました。
また福島の日本酒も、全国新酒鑑評会の金賞受賞数が7年連続日本一となり、「ふくしまプライド。」として注目度が向上しました。
「ふくしまプライド。」は、農産物のPRから始まったものの、日本酒や伝統工芸品、そして「福島県人口ビジョン」の「福島県の目指すべき将来の姿」として「『ふくしまプライド。』の追求」が記載されるまでになり、幅広いメッセージワードに成長しています。
浜通りは、中通りや会津と比べて、まだまだ「食のプレーヤー」が少ないのが現状です。
浪江町に「道の駅なみえ」が、相馬市松川浦に「道の駅そうま」がオープンし、多くの人が地元の商品を購入できる機会が広がっています。生産者のこだわり品や新商品が、どんどんと今度広がっていくことを期待したいと思います。
特に「道の駅なみえ」には、山形県長井市に避難で移転していた鈴木酒造店と、大堀相馬焼の展示販売所が入ります。浪江町の商品だけでなく、浜通り全体の商品が充実しており、中通りなどの人々の協力を得た商品開発や販売も行われ、「オール福島」に近づいています。
福島の食の魅力は「総合力」だと思います。「日本一」と呼べる農産物はないが(桃も全国2位)、浜通りから会津まで気候も気質も異なる中で、さまざまな一流の食材が手に入ります。さらにシェフや商品開発の力を総合的に活用することで、魅力的で本物の「食のフルコース」を提供・体験できるようになると思います。
<今回紹介したリンクはこちら>
孫の手トラベル「FoodCamp」
ふくしまプライド。
チームふくしまプライド。