夢を見つける小さな窓 ~福島県立ふたば未来学園中学校・高等学校~

 

震災と原発事故がもたらした問題の1つが、子どもたちの教育だった。双葉郡の住民の県内外への避難生活が長期化するにつれサテライト校に通う生徒の数も激減し、県立高5校も新たな募集が停止されて、休校の見通しとなった。その状況を受け、このまま地域の学びの灯火を絶やしてしまっていいのかと、双葉郡8町村の教育長と文部科学省、復興庁、福島県教育委員会、福島大学等による協議会が立ち上がったのは、2012年の冬である。

 

学校が無くなることはその地域の未来が不確かになることだと感じ、その動きを後押ししていったのが、文部科学省に属しながら「ふたば未来学園中学校・高等学校」の創設に関わり、現在は副校長をしている南郷市兵 さんである。双葉郡の復興すらまだ見えない、全てが暗中模索の時期。震災後の子どもたちの学びを守り、未来を生きる強さを育てようと始まった教育ビジョン作りもまた手探りだった。そんな南郷さんの目に映っていたのは、この地域で生まれて育ち避難を強いられた子どもたちが、大変な思いをしている姿だった。

 

「この事態となった責任は子どもたちには無いのに、その子どもたちがこれから先の復興の道のりに何らかの形で関わっていかなくてはならないとなった時に、大人がやるべきことは、その子たちが少しでも幸せになれるためには、どんな力をつけられるようにするべきなのかを考えることだと思ったんです。

 

原子力災害は、想定の甘さや人間の力の過信など、様々な要因が重なって起こった事故。そんな警告は数十年来あったわけで、それは大人の失敗です。そこに直面したこの地域で、その失敗を反面教師に乗り越えていく。そういう力をつけさせてあげたい。それはもう間違いなく元の学校に戻すだけでは駄目だというのが出発点でした。そこから構想した時に、解のない課題を乗り越える、予測がつかない中でもう一歩踏み出せる力を育てることが大切だと思いました」

 

南郷さんの心の内で、高校1年生の時に起きた阪神淡路大震災の時の体験が熱を発していた。東京から軽い気持ちで神戸に向かい、被害が大きかった地区に降り立ち、建物が崩れて人が亡くなっている現場で、「自分が何の役にも立てない」という無力感に打ちのめされたこと。そこから1週間、必死に食らいついていろいろなことに取り組んだ経験。「誰かの役に立たないと生きている意味がない」とその時感じた。そして、「学ぶことの意味」はここにあるのだと。今、目の前にいる子どもたちは、どこかその時の自分とも重なる存在でもあった。混乱に巻き込まれながらも子どもゆえに何もできなかった、その無力感をどこかで抱えながら生きている子どもたちに、力をつける環境を整えてあげることが、大人である自分にできる事ではないかと感じていた。国としても、これから予測できない未来、解決困難な様々な課題に挑戦できる力を育てる教育を模索していた時でもあり、最先端の学びを作る=自分の幸せをつかめる力を育てるというイメージは、双葉郡のみならず全国や世界にとっても価値となると思った。

 

 

教育ビジョン作りは、まずは「学びとして何が必要なのか」を探るところからはじまった。日本や福島だけの力では難しい復興という面から、子どもの頃から世界と繋がって世界の人と一緒に何かやっていく学校であるべきという話が出たり、プロジェクトを行うスタイルを取り入れていこうといった具体的な話を詰めていく作業と並行して、当事者である子どもたちのワークショップ「双葉郡子供未来会議」も行われ、子どもたち自身から出てくる発想もそこに加わっていった。「可能性は無限。自分の夢を見つけられるような開いたり覗いたり出来る『小さな窓』がたくさんあってほしい」といった子どもたちから出た意見は、カリキュラム内容や実際の校舎設計にも生かされることになり、机にずっと座っている授業は苦痛だという話からは「動く授業」といったキーワードも生まれた。

 

2013年に「福島県双葉郡教育復興ビジョン」が策定。先進的な教育の創造を掲げ、協議を重ねていくうちに、各界の有志たちによる福島県双葉郡の教育復興を応援しようという動きも加速し、教育復興応援団の設立に繋がっていった。そして2015年、双葉郡の広野町に、広野中学校の校舎を借りて「ふたば未来学園高等学校」が開校。2019年に新校舎が完成。同時に中学もスタートし「ふたば未来学園中学校・高等学校」となった。

 

 

「自分自身、高校1年の時の神戸の体験から本当に学ぶ意味を感じたからこそ、やりたい勉強は自分からやるようになり、行きたい道も見つかって今がある。だからそもそも子どもたちは自分で学ぶ力を持っていると思っているんです。教室に閉じ込めているよりも、実社会に出て、いろんな問題と直面し葛藤する、そういう体験から社会と自分が繋がったときに、自分はこうなりたいという希望が湧き、そこに到達するための歩みが始まるのです」

 

高校で取り入れている地域課題解決型プロジェクト学習「未来創造探究」は、「解がない課題」や「未知の状況」を乗り越えるための資質・能力を伸ばす学びの軸ともなっている。プロジェクト数は、最初の頃は1学年20〜30だったものが今は60〜70と年々増えていっているそうだ。学年を合わせると同時並行的にはなんと200個ぐらいのプロジェクトが動いていることになる。探究する課題やテーマも各自のこだわりが感じられるものが並んでいる。

 

「探究していく上では、生徒がテーマに近い専門分野の先生に相談をしたり、地域の人に相談をしたりする局面も出てくるので、対応する教員も地域の人たちも大変です。でもそうやって生徒も先生も地域も一緒になって課題に取り組んでいくことが、この学校の文化にもなっているのかなと思います」

 

教育の中に取り入れている演劇も子どもたちの力になっている、と南郷さんは言う。子どもたちが演劇を通じて自分を見つめる時間を持ち、お互いに自己開示もしていくことになるので、一緒に学ぶクラスメイトとの関わり方も自然と深まっていく。また、演劇を作る過程の中でキャストや立場を設定をし、人間関係の構造を描き演じることは、今、この地域で社会で生じている問題の構造を多面的に捉えることに繋がり、さらに、それを劇としてチームで作り上げていく段階は、論理的思考とは違う創造的な思考“クリエイティビティ”を育てることに繋がっているそうだ。

 

また、学校のちょうど真ん中に置かれた「地域協働スペース双葉みらいラボ」は、ふたば未来学園という学び舎が、子ども達だけのための建物ではなく、誰もが集う場所にしようという意図で作られたものだ。生徒が教室移動の際に通る動線の中心にもなっており、ここに集う地域の人、先生、生徒が、お互いにお互いの存在を感じることができる出会いが生まれる場所となっている。その一角には生徒が主体で運営する「caféふぅ」があり、空間全体にコーヒーの香りがほんのり漂う。リラックスした雰囲気の中、軽食やおやつを食べながら地域の人がお茶や打ち合わせをしていたり、先生方も休憩でコーヒーを飲んでいたりと、人と人が自然と混ざり合い、雑談や相談などを気軽にしている姿があちこちで見られる。これは、この学校を作るときに参考の1つとした北欧のフューチャーセンターのように、様々な背景の人が集まってきてアイディアを出し合う地域作りの一つの場となっていったら、という想いが校舎の設計に反映されたものだ。

 

「何かが生まれる打ち合わせってチャイム鳴っても終わらない。偶然の出会いや次の展開に繋がるような会話ができるってこともやっぱり普通の校舎ではできなかったんですよね」

 

 

様々に考えられた学びの環境を強みに、生徒が地域というフィールドに飛び出して地域課題の解決を試みていく。直向きに地域に向き合う子ども達の姿に触発され、大人が逆に目指すべき社会像や地域像を考えさせられる場面も多いそうだ。実際に地域の人や企業と協働しながらアイディアが商品化したり、イベントが企画されたりと、1人1人が思いを持ってチャレンジをしていて地域に何かインパクトを与える、地域にイノベーションを起こしていく、そのサイクルが根付き始めている。

 

地域に学び舎があるということは、子どもたちの育ちを支えるだけではなく、学校そのものが“地域作りの1個の核”なのだということ。かつての「地域の学びの灯火」もまた、地域を照らす灯火であったのだろう。その幾つもの学校の想いを引き継いで創設された「ふたば未来学園中学校・高等学校」では、ここに集う1人1人が今日も「夢を見つける小さな窓」を開こうとしている。

 

 

caféふぅ(ふたば未来学園、地域協働スペース内)

双葉郡広野町中央台1丁目6番地3

TEL        0240-23-6825

営業時間 11:00~18:00

店休日 ​火、木、土、日曜日

駐車場   ふたば未来学園敷地内の駐車場をご利用ください。

https://www.facebook.com/futabamirai.cafe.fu/

 

文 :  藤城 光 写真 : 藤田大 藤城光

 

 

 

 

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