「土地の記憶を残し、誇りとなるものを作っていきたい」

 

道の駅なみえにオープンした浪江町の酒蔵・鈴木酒造

2021年3月、浪江町の道の駅なみえの一角で、鈴木酒造が10年ぶりに念願の地元での醸造を再開した。浪江の米と水だけで作られた日本酒「磐城壽」に貼られたラベルには「ただいま」「おかえり」の文字と酒造代表・鈴木大介さんの力強い表情のイラストである。こここまでの道のりを待望してくれた人々への感謝がこもった、エネルギッシュなメッセージとなっている。

酒粕アイスや麹メニューなども楽しむことができ、様々なおつまみも。人気のおかきにはみりんから作られた砂糖が使用されている。

 

江戸末期に船の仕事の傍らはじまった鈴木酒造は、かつては日本で一番海に近い酒造として知られていた。東日本大震災の津波により酒蔵の家屋設備すべてが流失し、その後の東京電力福島第1原発事故により町外への避難を余儀なくされた。「浪江のものを残してくれ」避難中にそう言われることもあったが、酒造りに関する全てを失ったと思っていた。

 

その矢先の2011年4月、「磐城壽」の酵母が試験施設に僅かに残っていることが判明した。鈴木さんはすぐに浪江の酒の復活に向けて走り始め、酒を作るための蔵を探した。そして、南会津の酒蔵を借りて醸造させてもらえることになり、この年の夏、「磐城壽」が奇跡的に蘇ったのである。酒を手に取った双葉郡の人々は、口々に地元のことを語り、涙を流し、来る人来る人何時間も帰らなかったのだそうだ。

お店では、お酒の飲み比べコーナーや、ガラス窓越しに酒造り工程を見ることもできる。

 

「酒は人と人の絆を深めてくれる。酒を心待ちにしてくれている人たちがいる。人々のためにもいつかは浪江に帰りたい。そのためにも酒を作り続けよう」想いを強くした鈴木さんの元に舞い込んできたのは、山形県で後継者不在で酒造りを諦めていた酒蔵を継がないかという話だった。鈴木さんは移転を決意し、2011年の秋、山形県長井市で蔵を構えての酒づくりが始まった。

 

海から山へ。冬には雪に埋もれる山形での酒造りでは、穏やかな請戸で培った酒造りの勘が全く働かず、試行錯誤の連続だった。そんな鈴木さんをサポートしてくれたのが、長井の生産農家さんたちだった。不思議とこだわりの強い農家さんとの出会いが多く、酒米の栽培はもちろんのこと、酒粕を水稲栽培の除草剤として使う農法を一緒に編み出したり、地域の食に合うお酒の研究、みりん作りから砂糖ができるという発見など、予想外の広がりを見せていった。山の人々からの刺激を受けながら、鈴木さんの酒造りへの興味はさらに深まり、長井はもう一つの故郷となった。

 

一方、浪江では、平成26年に町内でコメの実証栽培が始まった。米が栽培できれば酒が作れると、鈴木さんは再び浪江へと通うようになった。収穫米が線量の基準をクリアしたのを受け、食用米の質の良さと安心を地道に発信していこうと、酒米ではなく食用米での酒づくりに着手。2017年に浪江町の一部地域の避難指示が解除され、浪江の道の駅が店舗を募集していることを知ると、いち早く手を挙げ、やるならば品質も徹底したいと、米の精米施設を併設した店舗を提案した。また、酒と食、酒と器など、酒と関わりのあるところから地域そのものを盛り上げていきたいと、店舗の一角に作ったカフェでは大堀相馬焼の器を使って麹を使ったメニューを提供、酒粕やみりんを使ったお菓子やデザートの開発なども積極的に行っている。「地元の人たちが誇りと思えるものを作っていきたいし、発信していきたい」と、地元の魚や地元の食に個別に合う酒造りにも取り組み始めている。

 

 

「浪江の魚はエビを食べているのでとんでもなく旨いんですよ。スズキ・ヒラメは築地でも1番引きの魚でした。地域を掘っていくと豊かな文化が見えてくる。エゴマは浪江が発祥の地かもしれないという話があったり、山の方では、魚を松葉で包んで土に埋めて食べていたという話も出てきました。

それと、浪江は面白い人間がいっぱいいるんですよ。元気な若手も増えつつあります。ぜひ、浪江に来たら、“人”にも出会って欲しいですね」

道の駅から海側に車を走らせると、鈴木酒造の酒蔵があった請戸地区がある。そこは、津波により壊滅的な被害を受け、続く原発事故による捜索中止によって、助かったはずの命が失われてしまった場所でもある。鈴木さんの心の内には、一家で犠牲となった酒米の契約農家さんへの思いがある。「本当に悔しい思いをしてきた人たちがたくさんいる。だからこそ、彼らのことをいつも心の芯に抱いて、ここで生きた人たちの価値を残すためにも、この土地の記憶を残していきたいと思っています。若い世代に何を残せるのか、何が地域のためになるのか。」

 

鈴木さんは、今後は道の駅という場所を最大限生かしながら、シェフを招いてのイベントや、地元の食材を使ったバーベキューなど、地域の人と人が交流し、食と酒を驚きを持って楽しめる企画を、実施していく予定だ。「これから面白いことになりますよ」と鈴木さんは、仕掛け人の表情をしながら笑った。

水の代わりに浪江の酒を使って長井で仕込んだ酒と、長井の酒を浪江で仕込んだ酒。2つの故郷が繋がって醸し出された味をぜひ飲み比べてみてください。

 

<道の駅なみえ>
所在地   福島県双葉郡浪江町大字幾世橋字知命寺60
開館時間  10時〜18時
休館日               毎月最終水曜日
文・写真:藤城 光

道の駅なみえにオープンした浪江町の酒蔵・鈴木酒造

 

2021年3月、浪江町の道の駅なみえの一角で、鈴木酒造が10年ぶりに念願の地元での醸造を再開した。浪江の米と水だけで作られた日本酒「磐城壽」に貼られたラベルには「ただいま」「おかえり」の文字と酒造代表・鈴木大介さんの力強い表情のイラストである。こここまでの道のりを待望してくれた人々への感謝がこもった、エネルギッシュなメッセージとなっている。

酒粕アイスや麹メニューなども楽しむことができ、様々なおつまみも。人気のおかきにはみりんから作られた砂糖が使用されている。

 

江戸末期に船の仕事の傍らはじまった鈴木酒造は、かつては日本で一番海に近い酒造として知られていた。東日本大震災の津波により酒蔵の家屋設備すべてが流失し、その後の東京電力福島第1原発事故により町外への避難を余儀なくされた。「浪江のものを残してくれ」避難中にそう言われることもあったが、酒造りに関する全てを失ったと思っていた。

 

その矢先の2011年4月、「磐城壽」の酵母が試験施設に僅かに残っていることが判明した。鈴木さんはすぐに浪江の酒の復活に向けて走り始め、酒を作るための蔵を探した。そして、南会津の酒蔵を借りて醸造させてもらえることになり、この年の夏、「磐城壽」が奇跡的に蘇ったのである。酒を手に取った双葉郡の人々は、口々に地元のことを語り、涙を流し、来る人来る人何時間も帰らなかったのだそうだ。

 

お店では、お酒の飲み比べコーナーや、ガラス窓越しに酒造り工程を見ることもできる。

「酒は人と人の絆を深めてくれる。酒を心待ちにしてくれている人たちがいる。人々のためにもいつかは浪江に帰りたい。そのためにも酒を作り続けよう」想いを強くした鈴木さんの元に舞い込んできたのは、山形県で後継者不在で酒造りを諦めていた酒蔵を継がないかという話だった。鈴木さんは移転を決意し、2011年の秋、山形県長井市で蔵を構えての酒づくりが始まった。

 

海から山へ。冬には雪に埋もれる山形での酒造りでは、穏やかな請戸で培った酒造りの勘が全く働かず、試行錯誤の連続だった。そんな鈴木さんをサポートしてくれたのが、長井の生産農家さんたちだった。不思議とこだわりの強い農家さんとの出会いが多く、酒米の栽培はもちろんのこと、酒粕を水稲栽培の除草剤として使う農法を一緒に編み出したり、地域の食に合うお酒の研究、みりん作りから砂糖ができるという発見など、予想外の広がりを見せていった。山の人々からの刺激を受けながら、鈴木さんの酒造りへの興味はさらに深まり、長井はもう一つの故郷となった。

 

一方、浪江では、平成26年に町内でコメの実証栽培が始まった。米が栽培できれば酒が作れると、鈴木さんは再び浪江へと通うようになった。収穫米が線量の基準をクリアしたのを受け、食用米の質の良さと安心を地道に発信していこうと、酒米ではなく食用米での酒づくりに着手。2017年に浪江町の一部地域の避難指示が解除され、浪江の道の駅が店舗を募集していることを知ると、いち早く手を挙げ、やるならば品質も徹底したいと、米の精米施設を併設した店舗を提案した。また、酒と食、酒と器など、酒と関わりのあるところから地域そのものを盛り上げていきたいと、店舗の一角に作ったカフェでは大堀相馬焼の器を使って麹を使ったメニューを提供、酒粕やみりんを使ったお菓子やデザートの開発なども積極的に行っている。「地元の人たちが誇りと思えるものを作っていきたいし、発信していきたい」と、地元の魚や地元の食に個別に合う酒造りにも取り組み始めている。

 

 

「浪江の魚はエビを食べているのでとんでもなく旨いんですよ。スズキ・ヒラメは築地でも1番引きの魚でした。地域を掘っていくと豊かな文化が見えてくる。エゴマは浪江が発祥の地かもしれないという話があったり、山の方では、魚を松葉で包んで土に埋めて食べていたという話も出てきました。

それと、浪江は面白い人間がいっぱいいるんですよ。元気な若手も増えつつあります。ぜひ、浪江に来たら、“人”にも出会って欲しいですね」

道の駅から海側に車を走らせると、鈴木酒造の酒蔵があった請戸地区がある。そこは、津波により壊滅的な被害を受け、続く原発事故による捜索中止によって、助かったはずの命が失われてしまった場所でもある。鈴木さんの心の内には、一家で犠牲となった酒米の契約農家さんへの思いがある。「本当に悔しい思いをしてきた人たちがたくさんいる。だからこそ、彼らのことをいつも心の芯に抱いて、ここで生きた人たちの価値を残すためにも、この土地の記憶を残していきたいと思っています。若い世代に何を残せるのか、何が地域のためになるのか。」

鈴木さんは、今後は道の駅という場所を最大限生かしながら、シェフを招いてのイベントや、地元の食材を使ったバーベキューなど、地域の人と人が交流し、食と酒を驚きを持って楽しめる企画を、実施していく予定だ。「これから面白いことになりますよ」と鈴木さんは、仕掛け人の表情をしながら笑った。

 

水の代わりに浪江の酒を使って長井で仕込んだ酒と、長井の酒を浪江で仕込んだ酒。2つの故郷が繋がって醸し出された味をぜひ飲み比べてみてください。

 

 

<道の駅なみえ>

 

所在地   福島県双葉郡浪江町大字幾世橋字知命寺60

開館時間  10時〜18時

休館日               毎月最終水曜日

 

 

 

文・写真:藤城 光

 

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